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あがり症克服体験談

あがり症、対人恐怖症、赤面恐怖症、多汗症、視線恐怖症を乗り越えた男

あがり症になるまで(中学から高校まで)

中学生の頃から、いわゆる「あがり症」といわれる症状にずっと苦しんできました。

30代に入り、ようやく克服できた私の体験談を書いてみたいと思います。

 

幼稚園の頃は、近所の人に声をかけられると、笑顔でちゃんと挨拶できていた子供でした。

小学生の頃も、同級生と普通に話すことができ、授業中も手を挙げて発言することができていました。

 

ところが、中学1年生の時、私が書いた作文がコンクールで入賞し、全校生徒の前で読むことになったのです。

大勢の前で話すのは初めての経験で、緊張のあまり声が震え、顔が真っ赤になり、つっかえながら読む姿に、あちこちから笑い声が聞こえてきました。

恥ずかしさと悔しさで、早くこの場から立ち去りたかったです。

 

その後、教室に戻ると、同級生にからかわれ、「セキメ」というあだ名をつけられました。

私の「関根(セキネ)」という苗字と「赤面(セキメン)」をかけてつけられたあだ名です。

 

「セキメ」というあだ名をつけられて以来、何事にも消極的になり、同級生とも声をかけられれば話す程度で、自分から話しかけたりすることはなくなりました。

授業中も、先生に当てられると、緊張して顔を真っ赤にして答えるようになってしまいました。

赤面している自分が周りからどう見られているのか気になるようになってしまい、視線恐怖にもなってしまいました。

 

高校に入学したら、環境が変わって少しは改善するかなと思っていたのですが、そううまくいきませんでした。

というのは、同じ中学の出身者が同じクラスとなり、すぐに「セキメ」というあだ名を広められてしまったのです。

入学して1か月もしないうちに、クラスのみんなから「セキメ」というあだ名で呼ばれるようになってしまいました。

この頃からは、赤面するだけでなく、汗も多くでるようになりました。

授業中、先生から当てられた時には、緊張して顔を真っ赤にするだけでなく、顔や手、脇から汗が噴き出てきて、手や声も震えるという状態です。

この頃の私は、他人の視線が気になって、いつもうつむいて過ごしていました。